那覇地方裁判所 昭和62年(行ウ)11号 判決 1992年3月03日
原告
金城英明
外一五二名
右訴訟代理人弁護士
金城睦
同
鈴木宣幸
同
仲山忠克
被告
東浜永成
右訴訟代理人弁護士
与世田兼稔
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は与那国町に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が普通地方公共団体である与那国町の収入役であった当時町の公金一〇〇〇万円を亡失させたとして、同町の住民である原告らが、地方自治法(以下、単に「法」という。)二四二条の二第一項四号により、与那国町に代位して、被告に対し損害賠償を求めた住民訴訟である。
一争いのない事実等
1 原告らは与那国町の住民であり、被告は、昭和四二年一〇月二五日から昭和五四年一〇月二六日まで与那国町の収入役の地位にあった者である。
2 与那国町は、昭和五四年九月三日、株式会社琉球銀行八重山支店から一時借入金として同町長外間守之名義で一五〇〇万円を借り入れ(以下「本件借入金」という。)、同日、右金員が同町収入役被告名義の同銀行預金口座に振込入金された。そして、同日、右銀行口座から二〇〇〇万円が現金で払い戻され(<書証番号略>)、一〇〇〇万円が同町収入役被告名義の与那国町農業協同組合貯金口座(以下「農協貯金」という。)に入金された(<書証番号略>)。
3 その後本件借入金については、同年一〇月一日に被告により元本五〇〇万円が、同年一二月二五日に被告の後任収入役慶田元長起(以下「慶田元」という。)により元本一〇〇〇万円がそれぞれ利息を付して右銀行に返済された(<書証番号略>)。なお、農協貯金からは、昭和五五年一月一四日、一〇〇〇万円が払い戻されている(<書証番号略>)。
4 昭和六〇年一〇月六日、与那国町の監査委員による月例出納検査の結果、一般会計で四三二〇万七八八三円、水道特別会計で四四五万六八八六円、合計四七六六万四七六九円の現金が不足しているとされ、同月二三日、当時の町長入仲誠三は、監査委員の決定に基づき、法二四三条の二第三項により右同額の損害賠償を慶田元に対し命じた。これに対し、慶田元は、昭和六一年一月六日、沖縄県知事に対して審査請求を申し立てたが、昭和六二年二月一六日になされた裁決(<書証番号略>)では、昭和五四年一〇月二六日慶田元が被告から事務引継を受けた際に作成された事務引継書(<書証番号略>)に記載のない一時借入金の残高一〇〇〇万円が存在することから、既にその時点で一〇〇〇万円の現金が亡失していたとして、一〇〇〇万余円について右賠償命令を取り消した。
5 町長入仲は、昭和六二年二月二一日、与那国町の監査委員二名に被告の賠償責任の有無等について監査を求め(<書証番号略>)、これに対し、監査委員から、同月二五日、被告に一〇〇〇万円の賠償責任があるとの意見及び事実認定不可能であるとの意見がそれぞれ報告された(<書証番号略>)。町長入仲は、同年四月一日、被告に対し、一〇〇〇万円を同年五月三一日までに賠償することを命じ(<書証番号略>)、被告は、同年四月二〇日、右賠償命令に対して異議を申し立てた(<書証番号略>)。被告は、同月行われた同町の町長選挙で当選し、同年五月八日、町長に就任したが、同月一五日になされた前町長入仲からの事務引継の際、被告に対する賠償命令に関する事項については保留するとして、実質的に引継を拒否した(<書証番号略>)。
6 原告らは、同年六月二四日、同町監査委員に対して、被告に損害賠償の請求をする措置を講ずるよう求める監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、監査委員が六〇日以内に監査又は勧告を行わなかったため、同年九月二一日、被告が本件借入金のうち一〇〇〇万円を亡失させたとして、その損害賠償及び遅延損害金の支払を求め、本件訴訟を提起した。
7 その後与那国町は、昭和天皇の崩御に伴い、公務員等の懲戒免除等に関する法律(以下「懲戒免除法」という。)三条及び五条に基づき、昭和天皇の崩御に伴う職員の懲戒免除及び職員の賠償責任に基づく債務の免除に関する条例(以下「本件条例」という。)を制定し、本件条例は、平成元年三月二二日に公布、施行された。本件条例三条では、「地方自治法二四三条の二の規定による職員の賠償責任に基づく債務で昭和六四年一月七日前における事由によるものは、将来に向かって免除する。ただし、本人の犯罪行為による賠償の責任に基づく本人の債務については、免除することができない。」旨規定されている(<書証番号略>)。
二争点
1 「正当な理由」の存否(本案前の主張)
(一) 被告の主張
原告らの本件監査請求は、その主張する亡失行為から七年以上経過してなされたもので、法二四二条二項の監査請求期間の定めに反する不適法なものである。
原告らは同項但書に規定する「正当な理由」があると主張する。しかし、本件借入金がなされた当時の町長外間守之は、毎年二回以上、予算執行状況並びに財産、地方債及び一時借入金の現在高、その他財政に関する事項を住民に公表しており(法二四三条の三第一項)、また、同町監査委員は、毎月同町の現金の出納状況について検査をなし、その結果を町議会に報告していたから(法二三五条の二第一項、第三項)、原告らは本件借入金の存在及び返済状況を知り得たはずであり、既にその当時において原告らの主張する本件亡失金についても監査請求をすることは可能であったと考えられるし、仮にそうでないとしても、原告らは、昭和六二年二月一六日になされた前記知事の裁決により本件亡失金問題を知り得たというのであり、本件監査請求はその時点から四か月以上経過してなされたものである。したがって「正当な理由」はない。
(二) 原告らの主張
被告による本件亡失行為は秘密裡になされたものであり、その後も被告及び後任の慶田元により町長や監査委員等に虚偽の書類を提出したり、見せ金を利用するなどして秘匿されていたもので、原告らは、前記監査委員の監査の結果が報告されるまで亡失金の存在自体知り得ず、更に、これが被告の行為によるものであることは右知事の裁決により初めて知り得たことである。加えて、前述のとおり、右裁決後町長入仲は監査委員に監査を求め、更に、被告に対し賠償命令を出していたのであり、原告らが監査請求をする必要性は、新町長となった被告が昭和六二年五月一五日に被告自身に対する賠償命令に関する事項について引継を拒否した際に初めて生じたものである。したがって、原告らが同年六月二四日に本件監査請求をなしたことには「正当な理由」がある。
2 本件亡失金の存否
(一) 原告らの主張
被告は、本件借入金について、与那国町の一般会計公簿(出納日計簿)の昭和五四年九月一一日の町債欄に入金一〇〇〇万円と記帳したのみで残金五〇〇万円を亡失させ、更に、本件借入金の返済のため同月二六日に一般会計から一〇〇〇万円を出金し右会計公簿の同日の町債欄に出金一〇〇〇万円と記帳したが、同年一〇月一日に五〇〇万円を銀行に返済したのみで残金五〇〇万円を亡失させた。同月二六日の事務引継の際には一時借入金の残高は皆無として引き継ぎ、同年一二月二五日、慶田元が一〇〇〇万円を返済した際にも会計公簿に記載せず、結局町に一〇〇〇万円の損害を与えた。被告主張のように本件借入金が与那国町農協への支援を目的とするものならば与那国町農業協同組合育成事業特別会計に基づく一時借入金としてなされるべきものであるところ、本件借入金については右特別会計公簿上の処理はなされておらず、また、同農協への支援の必要があるのであれば与那国町農業協同組合の事業推進資金貸付条例四条に基づいて資金貸付をすべきものであって、協力貯金という方法をとる必要はなく、更に、被告の主張によれば本件借入金のうち五〇〇万円は目的外に使用されたことになることからすれば、本件借入金は同農協への協力貯金を目的とするものであるとの被告の主張は信用し得ない。また、同年九月一一日及び同月二六日の町債一〇〇〇万円の入金及び出金の各記載は、借入後一五日後には全額償還されていること、同年度の町債には該当するものが見当たらないこと、同町では各職員が記帳した入金伝票及び出金伝票を綴った現金出納簿に基づく入出金と一時借入金等収入役のみが把握している入出金とを集計して各日ごとに出納日計簿に記入するシステムをとっていること、昭和五四年度までは一時借入金は出納日計簿の町債の欄に記帳されることになっていたことからすれば、本件借入金を示すものであることは明らかで、右各記載は本件借入金とは別個の町債の起債及び償還の記載であるとの被告の主張も信用できない。
(二) 被告の主張
与那国町は、従前より、同町の基幹産業であるキビ作農家のための重要な工場である精糖工場を経営する同町農協に対して財政的援助等を実施してきたが、昭和五四年当時同農協は財政危機に見舞われ工場の運営に支障をきたし職員の給与の支払にも事欠く状態であったため、同農協長の要請を受け、町長、助役、収入役の各決裁を得たうえ、本件借入がなされたものである。本件借入金は同年九月三日に前記銀行預金口座に入金され、被告は、同日、右口座から二〇〇〇万円を現金で払い戻し、うち一〇〇〇万円を同農協への支援策の一環として同農協に協力貯金を行い、残金一〇〇〇万円は、町の金庫に保管するなどして一般財源に充てた。そして、一時借入金は本来歳入となるものではなく、歳入歳出外現金の範疇に入るものでもないことから会計公簿に記帳していなかったにすぎず、原告らの指摘する昭和五四年九月一一日及び同月二六日の町債の欄の入金及び出金各一〇〇〇万円の記載は、本件借入金とは別個の町債一〇〇〇万円の起債及び償還の記載であって、同年一〇月二六日の事務引継の際には、口頭で一時借入金の残額一〇〇〇万円が存在することを引き継いでいる。そのため後任の慶田元も同年一二月二五日に一〇〇〇万円を返済したものである。
3 免除の有効性
(一) 被告の主張
仮に本件亡失金が存在し、被告に損害賠償責任が成立したとしても、右責任に基づく債務は、本件条例三条により、将来に向かって免除されている。本件条例は、昭和天皇崩御に伴う行政上の恩赦の一種として賠償責任に基づく債務の免除等を定めているものであるところ、該当者すべてに等しく適用されることを予定しているものであって、原告らの主張するような具体的免除の意思表示がなくとも条例の公布、施行により効力は発生している。
(二) 原告らの主張
次のとおり、免除の有効性に関する被告の主張は理由がない。
(1) 免除は債権者の債務者に対する意思表示により成立するものであるところ、与那国町長が被告を特定して個別の免除の意思表示をしたことはなく、免除の効果は生じていない。
(2) 被告の本件亡失行為は、町の公金を自己の用途に充てる目的で着服横領したもので業務上横領罪に該当する犯罪行為であって、本件条例三条但書により免除することはできない。
(3) 免除は賠償責任を負っていることが前提となるものであり、被告は、本件亡失行為自体を否認し自己の賠償責任を争っている以上、免除を主張することは信義則に反し許されない。
第三争点についての判断
一「正当な理由」の存否について
法二四二条二項但書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである。本件についてこれをみるに、原告らの主張する被告による本件亡失行為については、亡失金の存在自体当時公表される財政に関する情報のみでは住民らが知り得る性質のものではなく、更にこれが被告の行為によるものであるかどうかは昭和六二年二月一六日になされた知事の前記裁決により初めて問題となったもので、原告ら住民においてもその時点で初めて知り得たことということができる。
ところで、前述のとおり、右裁決後町長入仲は監査委員に監査を求め、現実に、被告に対し法二四三条の二第三項による賠償命令を出していたのであり、本件訴訟が与那国町に代位して被告に対し損害賠償を求めるものであり、本件監査請求も右損害の補填に必要な措置を講ずべきことを求めるものであることからすれば、法的には賠償命令とは別個に原告らによる監査請求及び住民訴訟が可能であったとしても、新町長となった被告が昭和六二年五月一五日に自己に対する右賠償命令に関する事項について引継を拒否するまで、原告らにおいて監査請求をする客観的必要性はなかったものというべく、本件の場合、かかる特段の事情が存在したものと認められる以上、同年六月二四日に初めて本件監査請求をなしたことには「正当な理由」があるというべきである。
二本件亡失金の存否について
前記裁決書(<書証番号略>)によれば、与那国町長は、監査委員による監査の結果、昭和六〇年一〇月六日当時において、繰延歳出金額や過大計上繰越金額、歳入の二重計上等を調整した上、帳簿上あるべき現金等に対し現実の現金等が四七六六万四七六九円不足していると認定したこと、右裁決に当たり沖縄県知事も九四万円の支出伝票の記入漏れがあるほか右亡失金を確認したとされていることからすれば、昭和六〇年一〇月六日当時において、与那国町で四六七二万四七六九円の公金の亡失があったものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで、右裁決書では、被告から慶田元への事務引継書(<書証番号略>)に、双方確認の上引継がなされた旨記載されており、一方、本件借入金の残高一〇〇〇万円については記載されていなかったことから、一〇〇〇万円については右引継時に既に亡失されていたものと記載されているところであるが、右は、異議申立てに係る慶田元の損害賠償金額を特定するに当たり、確認して引継がなされている以上、右事務引継書に明記されていない一時借入金一〇〇〇万円を除き、引継の際それ以外に亡失金はないものとして責任を負うべきであるとの判断を示したものと解するのが相当であり、右裁決書の記載から当時原告の主張するような一〇〇〇万円の亡失金が存在したと即断することはできないし、また、右事務引継書に本件借入金についての記載がなかったとしても、それのみでは公金の亡失を証明するものとはいい難いものである。
次に、出納日計簿(<書証番号略>)には、本件借入金について、その借入日及び返済日には該当する記載がなく、一方、昭和五四年九月一一日及び同月二六日の町債欄に一〇〇〇万円の入金及び出金の各記載がなされているところ、原告らは、右町債欄の入出金の各記載が本件借入金に関してされたものであるとの前提に立って本件亡失金の存在を主張するが、本件全証拠によっても右前提事実を認めるに足りないから、原告らの右主張は、その前提を欠くものとして、失当というべきである。かえって、前述のとおり本件借入金が入金された昭和五四年九月三日に同じ銀行預金口座から二〇〇〇万円が現金で払い戻され、同日、一〇〇〇万円が農協貯金に入金されていること、その後、本件借入金については、同年一〇月一日に被告により元本五〇〇万円が、同年一二月二五日に被告の後任収入役慶田元により元本一〇〇〇万円がそれぞれ利息を付して右銀行に返済されていること、また、農協貯金からは、昭和五五年一月一四日に一〇〇〇万円が払い戻されていることに照らせば、本件借入金が農協への協力貯金を目的としたものであり、昭和五四年一〇月一日に返済された五〇〇万円を除く残額一〇〇〇万円が現実に右用途に充てられ、かつ、同月二六日の事務引継の際には右残額が存在することを慶田元に引き継いだ旨の被告の供述は、あながちその信ぴょう性を否定できないものといわざるを得ない。
したがって、本件亡失金が存在するとの原告らの主張は理由がないことに帰するといわなければならない。
三免除の有効性について
のみならず、仮に本件亡失金が存在し、被告に損害賠償責任が成立したとしても、次のとおり、右責任に基づく債務は、本件条例三条により将来に向かって免除されているものと解される。すなわち、
1 本件条例は、懲戒免除法三条及び五条に基づき、職員の懲戒及び法二四三条の二の規定による職員の賠償責任に基づく債務の「免除」を定めたものであるところ、右職員の賠償責任は会計担当職員に対し特に定められた公法上の特別責任と解されること、懲戒免除法は行政上の恩赦の一種として公務員の懲戒及び会計担当職員の賠償責任に基づく債務の「免除」を定めており、本件条例は昭和天皇崩御に伴い制定されたものであって、該当者すべてに等しく適用されることを予定しているものと解されること、懲戒免除法五条は「条例で定めるところにより、(中略)減免することができる。」と規定し、本件条例三条及び同じく懲戒免除法四条に基づき制定された昭和天皇の崩御に伴う予算執行職員等の弁償責任に基づく債務の免除に関する政令でも「(債務は)免除する。」とのみ規定されているだけで、「免除」の効果発生のため他に何らかの行為を必要とすることは規定されていないこと、懲戒免除法及び本件条例において債務とは異なる懲戒についても「免除」という同一の用語を使用していることに照らせば、本件条例三条は、民法上の債務の免除とは別に職員の賠償責任に基づく債務の消滅事由を規定したもので、本件条例の公布、施行により債務の消滅の効果は発生しているものというべきであって、町長の被告に対する個別の意思表示が必要であるとの原告らの主張は採用できない。
2 次に、本件亡失金が被告の犯罪行為によるものであるとの原告らの主張については、これを認めるに足りる的確な証拠はないから、採用できない。
また、訴訟において債務の成立を否認すると同時にその消滅事由を主張することが信義則に反しないことは明らかであり、他に被告の「免除」の主張が信義則上許されないとする事情が存在することを窺わせるような証拠は見当たらない。
3 よって、仮に本件亡失金が存在し、被告に損害賠償債務が成立したとしても、右債務は、本件条例三条により、現在においては消滅しているものというべきである。
四結論
以上の次第であって、原告らの請求は理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官土肥章大 裁判官河野清孝 裁判官山田明)